東京高等裁判所 昭和54年(行コ)92号 判決 1980年3月26日
控訴人(原告) 伊藤美恵子 外五名
被控訴人(被告) 横浜市人事委員会
主文
本件各控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
控訴人ら代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人らが控訴人に対して昭和五三年九月二〇日にした控訴人らの昭和五一年九月一六日付け地方公務員法(以下「地公法」という。)四六条に基づく勤務条件に関する措置要求を却下する旨の判定を取り消す。被控訴人が控訴人伊藤美恵子に対して昭和五三年九月二〇日にした同控訴人の昭和五二年八月一一日付け地公法四六条に基づく勤務条件に関する措置要求を却下する旨の判定を取り消す。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上及び法律上の陳述並びに証拠の提出及び認否は控訴代理人において次のとおり付加陳述したほかは、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。
(控訴代理人の付加陳述)
1 公務員の争議権等を禁止した法規の合憲・違憲の問題につき、最高裁判所は、国家公務員についてはいわゆる全農林警職法事件に関する昭和四八年四月二五日大法廷判決、地方公務員についてはいわゆる岩手教組学テ事件に関する昭和五一年五月二一日大法廷判決で、それぞれその合憲性を肯定する判断を示している。この二つの大法廷判決に共通することは、労働基本権を制限するに当たつては、これに代わる相応の代償措置が講じられなければならないとの立論であり、右両判決がこの代償措置をいかに重視しているかについては、全農林警職法事件判決における岸裁判官・天野裁判官の追加補足意見に徴しても明らかである。ところで、右両判決ともこの代償措置は制度上整備されているとの結論を下しているのであるが、その機能・運用の実態については、格別に触れているわけではなく、もし現実の運用が代償措置としての意義を喪失しているとするならば、右両判決の立論は、重要な支柱を失うこととなるのである。本件において控訴人らが被控訴人に求めているものは、かかる現実的な次元での代償措置の証にほかならない。
2 地方公務員は、争議権は否定されているが、団結権は保障されており、団体交渉権については、団体協約を締結する権利は含まれず、書面協定に限定され、その結果職員団体の活動は大幅な制限を受けているけれども、この職員団体の有する団結権・団体交渉権が憲法二八条に由来するものであるとの性格は、何ら変わるものではない。すなわち、地方公務員は、勤務条件について地公法五五条に基づいて職員団体として当局と交渉する権利(全農林警職法事件判決のいわゆる「交渉権」)を有し、その交渉を通じて自主的に改善を図るべきであり、当局と意見が一致しない場合には、争議行為に訴えることが禁止されているので中立の第三者機関たる人事委員会等にその判断を求めて、地公法四六条の措置要求に及ぶことになるのである。措置要求の制度は、労働基本権を制限したことの代償として、職員に認められた基本的な権利であり、法は、この措置要求権を罰則まで用意して保障しているのである。この措置要求の制度は、職員団体の活動、役割と不可欠な関係にあるのであつて、単なる勤務条件についての苦情受理ではなく、また、職員団体の団結権及び交渉権が当局によつて侵害されるごとき事態に至つた場合には、その排除、是正の役割を果たさなければならない。本件は、控訴人らが構成員である訴外職員団体が当局から交渉拒否に遭い、措置要求を行つたところ、被控訴人において、当局をして職員団体との交渉に応じさせることは、地公法四六条の「勤務条件」に含まれないとして却下したものであるが、当局の右交渉拒否は、私企業にあつてはあたかも不当労働行為に相当するものである。したがつて、被控訴人の右却下の判定は、当局のかかる不当労働行為的交渉拒否を放置するものであり、勤務条件の維持改善のための職員団体の活動を保障しないに等しく、その結果、訴外職員団体の交渉権は、その法的権利たることまで否定されたものである。
理由
当裁判所もまた、本件第一の判定の取消しを求める控訴人らの請求及び本件第二の判定の取消しを求める控訴人伊藤の請求をいずれも失当と判断する。その理由は、原判決の説示のとおりであるから、これを引用する。
なお、控訴人らの付加陳述に係る主張に対する判断も、右に引用した原判決の説示にほとんど尽くされているが、右主張の採用し得ない理由に若干敷衍するに、まず、地方公務員(一般職に属する地方公務員をいう。以下同じ。)の労働基本権は、地方公務員を含む地方住民全体ないしは国民全体の共同利益のために、これと調和するよう制限されることも、やむを得ないところといわなければならない。すなわち、地方公務員は、その勤務条件の決定に関し国会又は地方議会の直接・間接の判断にまたざるを得ない特殊な地位に置かれていること、そのため、労使による勤務条件の共同決定を内容とするような団体交渉権ひいては争議権を憲法上当然には主張することのできない立場にあること、その争議行為により適正な勤務条件を決定し得るような勤務上の関係にはなく、かつその職務は公共性を有すること、等にかんがみると、地方公務員の労働基本権は、地方公務員を含めた地方住民全体ないしは国民全体の共同利益という見地から、これに一定の制約を課しても、憲法二八条に違反するものではないと解すべきである。
そして、地方公務員は、地公法上、職員団体を結成することはできるが、争議行為は禁止され、いわゆる団体交渉権については、同法五五条において、当局は、職員団体から、職員の給与、勤務時間その他の勤務条件(これに附帯する事項を含む。)に関し適法な交渉の申入れを受けた場合には、その申入れに応ずべき地位に立つものとし(一項)、また、職員団体は、法令等に抵触しない限りにおいて、当局と書面による協定を結ぶことができ(九項)、この協定は、双方が誠意と責任をもつて履行しなければならない(一〇項)と規定されている。しかしながら、この交渉は、交渉事項そのものに限度がある(三項等)のみならず、そもそも団体協約を締結する権利を含まないものとされている(二項)。かかる諸条件の下における交渉は、労働組合法上の団体交渉権とはおよそ異質のものであり、団体協約に結実することはなく、当局との間に協定が結ばれた場合でも、誠意と責任をもつて履行すべき努力が要請されているにすぎず、法的には格別の拘束力を生じない。このように、労働組合法上の団体交渉権とはその性質を異にする以上、交渉拒否をもつて不当労働行為とすることはできず、交渉拒否に対し職員団体のため何らかの救済手段が与えられなければならないものでもない。要するに、公労法五五条の職員団体による交渉は、これを団体交渉権と目するには程遠いものではあるが、これは、前示のように、地方公務員の勤務条件の決定が、憲法上、労使間の自由な交渉に基づく合意にゆだねられているわけではないところに由来するものであり、したがつて、同条の交渉が右の程度のものにすぎず、特に交渉拒否に対する救済手段が与えられていないからといつて、憲法二八条に違反するものとすることはできない。
ところで、地公法四六条は、「職員は、給与、勤務時間その他の勤務条件に関し、人事委員会又は公平委員会に対して、地方公共団体の当局により適当な措置要求が執られるべきことを要求することができる。」と規定する。これは、地方公務員のため、適正な勤務条件の確保を図るため、行政上の措置を要求し得ることを認めたものであり、同様の目的は、前示同法五五条の職員団体による交渉により成果を挙げ得る余地もあるが、これとは別に、右の行政上の措置要求によつてその目的を達することができるのである。このように、四六条の行政上の措置要求と五五条の職員団体による交渉とは、等しく地方公務員の適正な勤務条件の確保に資するための制度ではあるが、それぞれ別個独立のものであり、条文相互の位置関係や各条の文理解釈からしても、四六条の行政上の措置をもつて、労働組合法上の不当労働行為としての団体交渉拒否に対する団体交渉応諾命令のごとき機能を営ましめることは、到底不可能である。したがつて、同法四六条の措置要求事項の中には、当局をして職員団体との交渉に応じさせる旨の措置要求は含まれていないと解すべきであり、むしろ、端的に、当該職員団体が交渉しようとした勤務条件に関する事項そのものにつき、人事委員会又は公平委員会に対して措置要求をするのが筋である。同法五五条の職員団体による交渉も、法的拘束力ある団体協約の締結をもたらし得ないものであることは前示のとおりであり、また、交渉することそれ自体が目的ではなく、地方公務員の適正な勤務条件の確保のための手段にすぎないものであるがゆえに、地方公務員の勤務条件に関する利益を中立的・第三者的立場から保障するための機構として人事委員会又は公平委員会が設けられ、これに必要な職務権限が与えられている以上、交渉拒否に対し格別の救済手段がないからといつて、地方公務員の労働基本権特に団体交渉権の制限に対する代償措置に欠けるところがあるとすることはできない。
以上のとおりであるから、控訴人らの付加陳述に係る主張は採用することができず、したがつて、本件第一の判定の取消しを求める控訴人らの請求及び本件第二の判定の取消しを求める控訴人伊藤の請求をいずれも棄却した原判決は相当である。
よつて、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法三八四条・九五条・八九条・九三条に従い、主文のとおり判決する。
(裁判官 岡松行雄 賀集唱 並木茂)